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同じ日の涙、同じ空の下で
同じ日の涙、同じ空の下で
Author: ちばぢぃ

第1話 3月31日 世界が壊れた日

Author: ちばぢぃ
last update Huling Na-update: 2025-12-01 11:00:10

春休み最後の夜。

窓の外では、桜の花びらが風に舞って、街灯の光に白く浮かんでいた。

明日から俺たちは六年になる。

そんな当たり前のことが、もう当たり前じゃなくなってしまった。

俺の名前は蓮(レン)。

瀬尾小学校五年生、明日からは六年生。

身長は135センチで、クラスで一番低い。

でも成績だけは学年トップ。

先生には「頭が良すぎて浮いてる」と言われるけど、別に構わない。

だって、颯音(ハヤト)がそばにいてくれるから。

颯音は、同じクラスの男の子。

身長は140センチで、俺よりちょっとだけ高い。

髪は少し長めで、肩にかかるくらい。

声も低くなくて、笑うとえくぼができる。

誰かが「女の子みたいだね」って言うと、颯音は恥ずかしそうに俯く。

その仕草が、俺はすごく好きだった。

好き。

そう思うだけで、胸がぎゅっと締めつけられる。

まだ11歳だから、恋なんて早すぎるってわかってる。

でも、どうしようもなく颯音のことばかり考えてしまう。

今日も、夜の8時過ぎにLINEした。

蓮「ねえ、颯音。明日の朝、いつもの公園で会おうよ。進級祝いに、コンビニの新作プリン奢ってあげる」

いつもなら、すぐに「いいよ!」って返事が来るのに。

今日は既読がついても、返事が来ない。

5分経って、ようやく。

颯音「……ごめん、蓮。今日はもう寝るね」

蓮「え、珍しいな。いつももっと遅くまで話してるのに」

颯音「うん……なんか、疲れちゃって」

そのとき、俺はまだ気づかなかった。

颯音の文字の端々に、涙の跡が滲んでいるような気がしたのは、気のせいじゃなかった。

9時15分。

リビングで突然、母さんの叫び声がした。

母「もう無理! 離婚するって決めたから!」

俺は自分の部屋で、スマホを握りしめたまま固まった。

父さんの低い声。

母さんの甲高い声。

「お前のせいだ」「いや、お前が悪い」って、延々と繰り返される。

ガシャン、と皿が割れる音。

ドン、と壁を叩く音。

そして、母さんの嗚咽。

俺は布団に潜り込んで、耳を塞いだ。

怖かった。

こんなの、初めてだった。

いつも優しかった父さんと母さんが、まるで別人のように罵り合っている。

俺の存在なんて、まるでなかったことみたいに。

涙が止まらなくて、枕を濡らした。

頭の中を、颯音のことだけがぐるぐる回る。

颯音の横顔。

颯音が体育の時間に転んで、膝を擦りむいたとき、俺が絆創膏を貼ってあげたこと。

颯音が「蓮ってほんと頭いいよね」って、ちょっと羨ましそうに言ったこと。

全部、全部、大切な思い出だった。

どれくらい時間が経っただろう。

ドアをノックする音がして、母さんが入ってきた。

目は真っ赤で、頬に涙の跡が残っている。

母「……蓮、ごめんね。びっくりさせたよね」

蓮「……俺、どうしたらいいの?」

声が震えた。

母さんはベッドに腰掛けて、俺の頭をそっと撫でた。

母「明日から、少しの間、おばあちゃんの家に預かってもらうことになったの。父さんとも母さんとも、しばらく離れて暮らすことになる」

おばあちゃんって、母方の祖母のことだ。

海の近くの小さな町に、一人で住んでいる。

蓮「……俺、一人で行くの?」

母はそこで、言葉を詰まらせた。

そして、信じられないことを言った。

母「実はね……颯音くんも、同じ日にご両親が離婚することになって。おばあちゃんが、二人まとめて面倒見てくれるって言ってくれて」

頭が真っ白になった。

蓮「……え?」

母「だから、明日から颯音くんと一緒に暮らすことになるのよ」

信じられなかった。

世界が壊れたその日に。

一番好きな人と、一緒に暮らすことになるなんて。

母は泣きながら、俺を抱きしめた。

俺も泣いた。

でも、どこかで小さな灯りがともったような気がした。

颯音と一緒なら。

颯音と一緒なら、なんとかなるかもしれない。

深夜零時を回った頃。

俺は震える指で、颯音にメッセージを送った。

蓮『颯音、ごめん。急に変なこと聞いて。

……お前ん家も、今日、離婚したの?』

既読がつくまで、三十秒もかからなかった。

颯音『……うん』

颯音『俺、怖かった。

パパとママが大声で叫んでて、俺のせいだって言ってて……

俺、部屋に閉じこもって、ずっと泣いてた』

颯音『だから蓮に、声かけられなくてごめん』

颯音『蓮も……同じだったの?』

涙が止まらなくなった。

俺はスマホを抱えたまま、声を殺して泣いた。

蓮『俺もだよ。

母さんと父さんが、知らない人みたいに罵り合ってて。

皿割れた音とか、壁叩く音とか、怖すぎて……』

蓮『俺も、めちゃくちゃ怖かった』

颯音『……蓮』

颯音『俺、明日からどうしたらいいかわからないよ』

蓮『でもさ……明日から、一緒に暮らすんだって』

颯音『……知ってる。

おばあちゃんから聞いた』

颯音『蓮と一緒なら……少しだけ、安心するかも』

その一文で、胸の奥が熱くなった。

涙が止まらなかったけど、同時に、初めて笑いたくなった。

蓮『俺もだよ。

颯音がいてくれるなら、なんとかやっていけそう』

颯音『……ありがとう、蓮』

颯音『蓮の声が聞きたい』

通話ボタンを押す手が震えた。

繋がった瞬間、小さなすすり泣きが聞こえてきた。

颯音「……蓮、いる?」

蓮「いるよ……颯音」

颯音「よかった……声が聞けて、よかった」

蓮「颯音だって、泣いてるじゃん……」

颯音「だって……世界が壊れちゃったんだもん」

颯音の声は、いつもより高くて、震えていた。

俺も我慢できなくなって、嗚咽が漏れた。

颯音「俺、もう一人じゃ生きていけないって思った。

パパもママもいなくなっちゃうんだって思ったら、息ができなくて……」

蓮「俺もだよ。

でも、颯音がいる。

明日から、ずっと一緒にいられる」

颯音「……ほんと?」

蓮「約束だよ。

俺が颯音を守るから」

颯音「俺も……蓮のこと、守りたい」

電話の向こうで、颯音が小さく笑った気がした。

泣きながらの、でも確かに笑顔の声だった。

颯音「蓮と一緒なら、怖くないかも」

蓮「俺もだよ。

二人で、新しい家を作ろう」

颯音「……うん」

颯音「約束だよ、蓮」

時計はもう、4月1日を指していた。

六年生になる日。

家族がバラバラになった日。

そして、颯音と俺が“家族”になる日。

颯音「おやすみ、蓮」

蓮「颯音、おやすみ」

颯音「……明日、会えるよね?」

蓮「会えるよ。絶対」

電話が切れた後、俺は初めて、少しだけ笑えた。

涙でぐしゃぐしゃの顔で。

胸が張り裂けそうな痛みを抱えたまま。

それでも、明日が来るのが、少しだけ楽しみだった。

窓の外では、桜がまだ舞っていた。

壊れた世界に、新しい風が吹き始めたような気がした。

同じ日に泣いた、俺たちの365日が。

今、始まる。

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